微風
其の1
用もないのに、フェリーターミナルの待合室へ行ったことがありますか。
用もないのに、空港へ行って喫煙所で煙草を吸ったことがありますか。
用もないのに、電話ボックスへ入り受話器をとったことがありますか。
用もないのに、スーパーへ行って食品棚の白い冷気を撫ぜた事がありますか。
僕は、ないです。
草原でねころぶと、緑のそよ風がほほを撫ぜて通ることは知っています。
其の2
泉南のアトリエから車で10分ほどのマーブルビーチへ、昼過ぎからでかけた。
いつもはウインドサーフィンの人達でいっぱいの、海に面した駐車場が、今日は閑散としていた。
車を停めて、風でドローイングを描くために、羽を組み立てはじめた。
羽といっても4m程のアルミの物干し竿に傘と綿布を取り付けただけのもので、これを窓から車内へつっこむ。
物干し竿の先端にオイルバーを付け、風にまかせてドローイングを描いていると、すぐ前に濃紺の乗用車がとまった。
両側のドアが全開になり、風がぬけていくのがわかった。
まだ2月だが春のようにあたたかい日だった。
車内の空気がいれかわったころ、初老の夫婦がおりたった。
ベージュのパンツにダックシューズをはいた少し大柄の老人が近づいてきて、僕に、何をしているかと聞いた。
「えぇ、まー…絵を描いているというか、そのー…」
説明にこまっていると、「絵を描いているそうだから、あなたも見せてもらいなさい」と、奥方をよんだ。
僕は、自分が釣り人のように思えた。
釣り人を見つけると、何が釣れているか知りたくなるものである。
老人は、車に戻ってボンネットの上で何かを書いて、「下手なのですがこれつくりました」と言って、僕にくれた。
青いチラシの裏に書かれた俳句が、海からの風でカサカサと音を立てた。
きょうはとてもいい一日だった。
2001年2月
リクオ