遠き山に日は落ちて 第10話 世界で一番黒い黒

世界で一番黒い黒

茨城県のつくば学研都市の中にある、独立行政法人CNTチームという所を訪れたことがあります。

これは最先端技術であるCNT、つまり「カーボンナノチューブ」を研究している施設です。

美術をしている僕が、どうしてここを訪れたのかといいますと、デンマークでの展覧会に出品する作品の素材を探していたからでした。

デンマークの展覧会は、アートセンターが企画したグループ展であり、タイトルが「コスモス」でした。宇宙とか秩序と言う意味になります。

20人ほどの欧米のアーティストが参加しますが、東洋人は僕1人でした。

企画した人は、西洋と東洋の宇宙観の違いを見たいのだろうと思いました。そこで僕は、古代日本の宇宙観に関する本を数冊読んだりしていました。

そんな時に友人から、世界一黒い物質が日本に有ると聞いたのです。

僕は、世界一黒い物質と言う言葉に強くひかれました。そこで、これを作品に加えたいと考えたのです。

インターネットで調べてみると、「世界一黒い物質」は、つくばで開発された最先端技術とありました。

黒が黒に見えるというのは、「光を反射しない」ということなのです。黒い絵の具でも光を当てると、反射して白っぽくなります。

全ての光を反射しないもの、又は発しないものはこの地球上にはありません。

それは、ブラックホールなのです。

カーボンナノチューブで作った黒が、今のところブラックホールの黒に一番近いということになります。

カーボンナノチューブとは、炭素原子がチューブ状に結合した物質です。原子が一個入るほどの、ナノ単位の竹輪のようなものです。

これを平面基盤上に、森のように生成させて作ります。カーボンナノチューブ・フォレストと呼ばれます。この縦向けのチューブは、入った光がほとんど出てこない構造になっています。

僕が考えたのは、10cm角のCNTプレートの上に、風の力を使って、黒いインクでドローイングを描くというものです。

黒の上の黒、神秘的でしょ。

この作品を作るために、世界で一番黒い黒を手に入れようとしたのです。

まず、CNTプレートがなぜ必要なのかを書き綴った分厚い説明資料を作って、つくばへ郵送しました。

案の定、なしのつぶてなので、メイルで再度お願いしました。

すると、ていよく断られました。

これであきらめては面白くもなんともないので、せめて一度この眼で見てみたいとメイルを送りました。

こうして、やっと見せてもらえるところまでこぎつけました。

梅田から夜行バスに乗って、翌朝10時に研究所のオフィスに着きました。応対してくれたのは技術者ではなく、秘書でした。

サンプルのCNTプレートは、しっとりと湿気を帯びて、沈むような黒でした。

触れることができないほど弱い物らしく、持参した懐中電灯で丹念に照らしてみると、たくさんの傷が目に付きました。

実際にどれだけ黒いかを比較するため、となりに並べてあった焼付け塗装を施したプレートは、黒ではなくグレーでした。これはずるいと言わざるをえません。

とにかくこれをなんとか手に入れるべく、1時間熱弁をふるいましたが「無理です」という返事でした。秘書には権限がないので、言ってもしようがないのですが。

ダイヤモンドよりも高いと言われてもものともせず、いつ実用化されるのかと聞くと、分からないと言われました。

今話題の独立行政法人です。実用化できなくてもいいような役所仕事なのかな?と頭をよぎりました。

大阪へ戻ってから再度メイルを出したところ、大人気なく「あかんものはあかんのじゃ」でした。

これで終わるようではアーティストではありません。

そこまで言われては、世界一黒い物質よりも、もっと黒い黒を見つけなければなりません。

それはなんだと思いますか?

それは、黒い瞳です。

ロシア民謡の黒い瞳、ジプシーの女性の煽情的黒い瞳、アルゼンチンタンゴの黒い瞳、フリオイグレシアスの黒い瞳のナタリ、これはブラックホールよりも黒い黒。

この黒で作品を作るには、恋をするしかないでしょう。

間に合えばいいのですが。


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