遠き山に日は落ちて 第3話 Hamburg Radio

Hamburg Radio

いい音楽ですね、と一言つぶやく。

深夜のタクシーの中で、ダッシュボードのイルミネーションが町の灯りのように輝く。

赤茶けたSバンのガードをくぐり、10分程でローゼンブルグスオルトに着く。

大きくUターンをすると、タクシーはレンガ造りのアパートメントの前で止まった。

僕より少し若く見える運転手が、無言で僕に紙切れを渡した。

僕も、無言で受け取った。

メモには、「ニック・ドレイク」と走り書きしてあった。

空を見上げると、ピンク色の月が溶け出した。

翌朝、スマートフォンをエルベ川に投げ入れると、ポプラの綿毛が初夏の風に踊った。

僕とタクシーの運転手は、喋らずに濃密な会話をかわしていたように思えます。

深夜にこの曲を聴きながら、運転している彼の繊細さとか、家族の事とか、どんな人生だったのかなとか、考えていました。

彼もたぶん、夜中に乗ってきて「いい音楽ですね」と一言しか喋らない外国人の事を考えていたと思えるのです。

彼が僕に無言でメモを渡し、僕が「ありがとう」とお礼も言わず受け取った時に、そう感じました。

スマートフォンは、電話もメイルもインターネットも使えてとても便利ですが、こういう会話は無理だと思います。

5月のハンブルグは、ポプラの綿毛が雪のように舞います。

リクオ

ウエダリクオファン

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ウエダリクオファン

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