パフォーマーA(荒木仁志) 其の1 ひろ子
1993年6月のある日曜日のこと。
僕は阪急電車・石橋駅近くのギャラリーで開かれたグループ展に参加していた。
荒木さんが訊ねて来たので、作品搬出のあと、このあたりをよく知る彼の案内で飲みに行くことになった。
駅前商店街の半ばを北へ折れると、急に道が暗くなり、狭い路地裏の店に入った。カウンターには二つだけ席が空いていた。
話が進むうちに、彼自身のことを語り始めた。
結婚していたが5年前に別れた。いっしょに過ごしたのは15年間。さらに新しい彼女とも別れたという。
2人の名前は、どちらも「ひろ子」だった。彼にとって「ひろ子」は単なる恋人ではなく、作品の原点そのものだった。
「どうして別れたの」
「僕に彼女ができたから」
「その彼女はどうしてるの」
「カメラマンと結婚した」
「なぜ別れたの」
「彼女が別れてくれと言ったからや。3年間いっしょに住んだ。彼女の母親とも会ったけど、予想に反して反対しなかった。でも、くださいとは言えなかった。彼女は結婚したいと言ったが、しなかった。そうだろう、愛人だったらいいけど、こんな生活していて僕といっしょになっても幸せにはなれんやろ…… 」
「別れた妻はどうしてるの」
「沖縄へ帰った。病気を持っていたんや。錯乱なんだけど、ときどき手を頭の上でにぎりしめ、しゃがみこむんや」
と言い、やってみせた。
「彼女は、たこやき屋で働いていた。たこをくるくる回すんだけど、おかしくなると呼びに来てくれる。迎えに行くと、よくなったらまたおいでと言ってくれるんや。」
「カバン屋でも働いていた。近所の人は皆知っているから、おかしくなりかけると分かるんや。勘定を間違えると電話を掛けてきてくれる。迎えに行くと、良くなったらいつでもおいでと言ってくれるんや。風呂屋でもしゃがみ込んでおかしくなると、すぐ連絡してくれるんや。」
「庄内って、そういう所なんや。おかしくなると、僕が食事を作る。だって、彼女にラーメンを作れと言ったら、スープなしのラーメンなんやぞ」
「僕の始めての個展の時は、箱の作品をたくさん作った。そしたら搬入の日に、その箱を全部バリバリに破いていたんや。僕は、『なにすんねん』と言って、『もう、始めての個展の作品やぞ、ぜんぶバリバリやぞ』それを壁に投げつけて、全部壊したんや。僕は彼女を投げつけた。どうしようもない、しょうがないからそれを出品したんや。そしたら三チャン(村上三郎)が絶唱した。『ものすごくいい』と。彼の声はもう泣きそうだった。」
「彼女は、頭が良かったんや。たしかに僕の作品は、箱の中にまるや三角が有るだけやった。でも彼女は、見る目があったと思う。『これは何も伝わらない』と言って破ったんや。それを、三チャンは『君が一番よく出ている』と言って褒めたんや」
「僕がパフォーマンスをやるようになったのは、ステラークのパフォーマンスを手伝ってからや。仙台の山岸さんが面倒を見ていたステラークを、西宮のアートスペースに呼んでハンギングをしてもらったんや。」
「最初は裸になって全身の毛を剃る。彼の体に十三本の鰹針をさしたのは僕や。その針に紐をつないで天井にひっかけ、彼の体を5人がかりでで吊り上げるんや。何回も練習したけど上手くいかん。バランスが悪いと皮膚がちぎれて落下する。リハーサルではうまくいかなかったけど、気合がはいっとるから本番では上がるんや。みごとに吊り上がって、ぐるぐる回したんや。あの緊迫感が彼のパフォーマンスの原点になっている。あれは文明批判なんや。クリスバーデンもそうやけど、彼らは命をかけてる」
「僕は、現代美術する前はミニコミ作ってた。メディアは信用できんから、自分で作る事にしたんや。加藤和彦とも関わったし、大島渚とも対談した······長いこと個展はしてへん。僕はパフォーマーと違うで、今でも作品は作ってる。『僕の作品は、全部ひろ子や』······」
なんやかやで、演歌歌手のようになってきた。
「Aさんにとって一番大切な事って何や」
「自由や」
「その言葉はちょっと難しいよな」
「何ものにも束縛されないと言うことや」
帰りの車の中、僕は運転しながら黙り込んでしまった。
助手席の彼は生き生きとしていた。
僕の知っている彼のパフォーマンスの一つは、全共闘のヘルメットをかぶり、ブリキのバケツに沢山のコインと水を入れ、お金で顔を洗うものだった。
彼はしきりに、「このまえのパフォーマンスは失敗や」と言う。この前とは、僕のABCギャラリー個展のオープニングで行ったものだ。
僕は、「ビニール傘で柱をたたくところは良かった」と言った。
「特に外国人にはうけていた」と言った。
「うけたらあかんのや、あのヘルメットは最低や」
参考 ステラーク(サスペンション)
https://hagamag.com/series/s0057/4507
http://stelarc.org/?catID=20247
クリスバーデン(Shoot)
https://note.com/artoday/n/n1e1fd6acb462
http://voidchicke.exblog.jp/11511683
村上三郎
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8A%E4%B8%89%E9%83%8E

