遠き山に日は落ちて 第7話 よくある話

よくある話

其の1 Kさん

2005年1月に、長崎市にあるブリックホールで行なわれる展覧会に、招待作家として呼ばれた。

オープニングには、美術館の館長、ITが来ていた。

僕も若かったので、やり手で知られるITに近づこうとして話しかけていると、突然知らない人から声をかけられた。

「おれや、おれ」と何度も言われるが、思い出だせずにきょとんとしていると、

「わからんのか、館長がそんなに大事か、もういい」と、怒りだした。

僕は、もう一度じっくり彼の顔を眺めた。

「あっ…。 Kさんですか」

ハンブルグ中央駅の西ゲートには、フードコートがあり、連日多くの旅行者で賑わっていた。

その中ほどにバーカウンターがあり、足の届かない丸椅子に並んで腰掛け、ビールを注文すると、Kさんが語りだした。

「妻が出ていった」

「私ばっかり働いて、自分だけ好きな事をしていると言われた」

「今に、有名になって見返してやる」と、Kさんは、魚の群れを追うような目つきで中空を見つめた。

僕は、返す言葉が見つからず、ビールをすすりながらうなずくだけだった。周りの雑踏が羽虫となって耳から入り込んだ。

彼は、ヨーロッパでの展覧会が初めてのように思われた。この時は、ハンブルグ郊外で他の日本人との二人展を行なっていた。

この場所は、アーティストが自宅を使って運営するギャラリースペースだった。彼は日本で、そこそこ有名な作家だった。美術雑誌で度々見かけた事がある。

この場所での展覧会は、Kさんには不釣り合いに思えた。俳優にでもなれそうな、端正な顔つきのやさ男なのだが、現実は大変なんだなと思った。

その時の彼の作品は、水を循環させる大がかりなもので、ドイツのコレクターが買おうとしたが、値段が折り合わなかった。

そのやさ男が、むくんだ顔と太った体の別人になっていた。

彼の顔をまじまじと見つめたとき、目だけが変わっていない事に気づいてハッとした。どうしたのかと聞くと、

「あの後、日本へ帰ってから病気になって半年ほど入院していた。それでこんなに肥えてしまったんや」

「退院した日の帰宅途中で交通事故に遭い、その日の内にまた入院や」

「今日、退院したとこや!!」

僕は、またもや返す言葉がなかった。ビールを勧めたが彼は断った。

後日、本屋で美術雑誌を立読みしていると、彼が東京から郷里の長崎へ移り住み、制作を再開したことが記事に載っていた。

どんな作品なのだろう。

其の2 匍匐前進

たしか2003年ごろだったと思うが、この頃は展覧会の為に頻繁にハンブルグへ行っていた。

いつも乗り継ぎでよるフランクフルトの空港のロビーで喫煙所を探していると、等身大の変なロボットを見かけた。

スーツ姿にメガネをかけたサラリーマン戦士がカバンを引きずり、床を匍匐前進していたのだ。

これが、なぜか日本人ぽかったのを憶えている。

1998年の夏に、河内長野市にある滝畑村でアーティストインレジデンスがあり、参加する事になった。

アーティストインレジデンスとは、アーティストが滞在して作品の公開制作を行い、最後に展示発表するという企画である。

この時のディレクターがSであった。

彼女は有能だった。英語も堪能で、勤めている市民ホールに海外の音楽家やダンサーを招聘していた。

僕が参加した滝畑のプロジェクトでは、アメリカから1人、日本から2人の、計3人が村のお寺に滞在して作品を作るというものだった。

快適な環境で楽しいプロジェクトだったが、有力者が、有能すぎた彼女を、つぶしにかかった。

プロジェクトの期間中も不眠が続いたらしくて、彼女は、精神的にまいっていた。

プロジェクトの展覧会が終了してからの話なのだが、僕が海外へ行く時の基金の申請を手伝ってくれる事になった。

それは、たしか地下鉄の今里で待ち合わせたような気がする。

地下鉄の階段を上がった所で待っていると、夕暮れの歩道の前方に何かうごめく物が見えた。

不思議に思って目をこらすと、歩道を人が這って近づいてくるではないか。

よく見るとそれは小柄なSだった。ひじを使い体をくねらせて歩道を匍匐前進しているのだ。

わけがわからず駆け寄り、とにかく抱え上げて、どうしたのかと聞くと、睡眠薬で体が動かないと言う。

とりあえず彼女のアパートまで引きずって行き、狭い階段を担ぎ上げて部屋へ入った。

どうしたものかと考えていると、僕の基金の申請の件で、明日迄に東京へ行きたいと言う。今日中に新幹線に乗ると言って、聞かない。

そうこうしていると、彼女の友人が訊ねて来た。僕が事情を説明すると、とりあえず地下鉄に彼女を乗せる事になった。

2人で脇をかかえて引きずるようにして地下鉄に乗った。シートに座らせるとズルズルと床に崩れ落ちた。あわてて両脇を固めて座り直して、梅田で下りた。新幹線はとても無理なのでJRの夜行バスにのせる事にした。

切符を買って、酔っているから、と運転手を騙して、バスの座席に座らせた。

翌朝、なんとか東京に着けたと連絡が入ったのでホッとした。

よくある話である。

リクオ


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