遠き山に日は落ちて 第9話 教祖

教祖

Aさんは、パフォーマーであり、現代美術作家でもある。日頃は、本ばかり読んでいる。

彼の住まいは、阪急庄内駅から梅田方面に向かって徒歩10分程の所にある。今にも崩れそうな、下宿の一室に住んでいる。

ここは、二階建てで、炊事場のついた四畳半の部屋が6つあり、トイレは共同でお風呂はない。昔の典型的な下宿である。

下宿のオーナーである彼は、きしむ階段を上がった端に住んでいる。

下宿の住人は大学生と教祖の2人だけだ。下宿の収入だけでは食べて行けないので、Aさんは、建築現場や引越のアルバイト等をしていた。

それでもお金がない時は、まず電話を止められた。その次は電気だったが、水道は死活問題になるので止められないらしい。

ある年末の寒い日に、電気を止められた。Aさんは、どてらを着込んで電気の来ていないコタツに入っていると、大学生が苦情を言いにきた。

灯がつかないので勉強が出来ないと言う。

「すまんなあ、電気代が払えんのや」

学生は、かわいそうにすごすごと引き返した。気の毒な学生だと思う。

ところがもう1人の住人「教祖」は、一度も苦情を言いにこなかった。

どういう宗教か分からないが、この教祖には中年女性の信者が2人いて、毎日食事を運んでくる。Aさんが言うには「教祖」という事と、信者が2人、ということ以外は何も分からない。とにかく電気がこなくて真っ暗になろうが、寒かろうが、一切文句を言わない。さすが教祖だと思ってしまう。

Aさんの状況は、皆知っているが、周りもほとんど同じようなものなので、どうする事も出来ない。

そんな中で、Mだけが警備の定職を持っていた。

このMは、少し変わっている。どう変なのかと聞かれたら答えられないが、とにかく変わっている。

彼は、散歩派の一員である。この散歩派と言うのは散歩を生業とした集団で、当時は雑誌にも載っていた。散歩派になるには、論文が書けないとだめだと言う。

このMは、給料日にAさんの所へ行き、使ってくれと言ってお金を持ってくる。このへんは、教祖さんに少し似ている。

ところがAさんは、「Tがもっと困っているから、Tの所へもっていってやれ」と指示する。

このTというのは、町中で突っ立つパフォーマンスをしている。全身黄色い服を着て、顔と手も黄色く塗って、瞬きをせずただひたすら立っている。よく見かける場所は梅田駅前の歩道橋の上だ。これで食べるのはとても難しい。噂では糖尿病で失明しかけている。

考えてみるに、教祖がたくさんいるなあと思う。結局は、お金が無いと教祖になれそうな気がしてくる。

リクオ


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